重度の吃音症に悩みを抱えていた新人看護師が、就職の約4か月後に自死、労基署は労災と認めない決定⇒裁判で逆転の労災認定と、勤務先からの賠償金を獲得した事件
1 ご依頼の内容
ご遺族から、労災と認めなかった労働基準監督署の決定に対する不服申立てと、勤務先病院に対する損害賠償請求をご依頼いただきました(本件は、他事務所の弁護士と共同受任し、当事務所の代表弁護士が主任弁護士を務めました)。
2 事案の概要
自死されたご本人(30代男性)は、30代で看護師資格を取得し、北海道内の病院に就職したばかりの、遅咲きの新人看護師でした。
ご本人は、重度の吃音(きつおん。言葉を滑らかに話すことのできない発話障害で、「どもり」とも呼ばれます)に悩みを抱えていました。
そして、就職先の病院から、患者に検査内容を説明する練習の実施や、新人の中で1人だけ試用期間を延長される等の対応を受けるとともに、患者からも「何を言っているのかわからない」等の苦情がなされたことで苦悩を深め、就職の約4か月後に自死されました。
ご遺族は、ご本人が病院での業務を苦に自死したものとして、ご自分たちで労災の請求(申請)を行いました。
しかし、労災が認められるためには、業務が原因となって自死したと言えることが必要です。そして、吃音症(発話障害)に悩みを抱えていた労働者が自死した場合、それは業務が原因なのではなく、ご本人の障害が原因なのではないかという疑いが生じます。
結論として、労働基準監督署は、ご本人の自死が労災であるとは認めませんでした。また、勤務先病院も、病院の責任を全面的に否定していました。
このように、本件は、労働災害の中でも難易度の高い自死の事件であることに加えて、吃音症という仕事とは別の要素もあり、労働基準監督署も労災であることを否定しているという、弁護士にとって非常に高難度と言える事件でした。
3 労災の認定
当方が代理人となって、労災不支給に対する不服申立て(審査請求及び再審査請求)を行いましたが、結論は変わりませんでした。
そのため、当方は、国を相手にして、労災不支給の決定を取り消し、労災の認定を求める裁判を起こしました。
国は、裁判の中で、ご本人の自死が労災であることを徹底的に否定してきました。
これに対して、当方は、ご本人が、病院での以下の出来事によって苦悩を深めて自死に至ったものであるから、本件は労災であると主張しました。
- ご本人は、患者に対して検査の説明を行う前に、指導看護師らに事前の説明練習を行っていたところ、吃音のためにうまくできず、繰り返しの練習を強いられていた。
- 病院には採用後3か月間の試用期間があったところ、同期の新人看護師が本採用される中で、ご本人は吃音が理由となって、一人だけ試用期間を延長された。
- 吃音の症状が出てしまうために、病院の患者から、「別の看護師にしてほしい」「何を言っているのかわからない」等の苦情を受けていた。
そして、当方は、これらの主張の正しさを裏付けるため、労働基準監督署が収集した1000枚を超える関係資料を分析し、裁判の中で、ご本人が置かれていた具体的な状況を明らかにしていきました。
また、吃音症の専門家を探し回った末、本州の大学教授に面会してご協力をいただくことに成功し、裁判所に対して、同教授が作成した意見書を提出しました。
さらに、病院の看護師らに対する証人尋問を行い、当方の主張に合致する有利な証言を引き出して、国側の主張の根拠を切り崩していきました。
これらの弁護活動の結果、裁判所は、主に上記②と③の出来事を理由として、ご本人の自死が労災であることを認める、当方の勝訴判決を言い渡しました。
これによって、ご遺族は、労働基準監督署から改めて労災の認定を受け、労災保険から遺族補償年金を受給できることになりました。
なお、国という巨大な組織を相手に裁判で勝つことは、非常に難易度の高いことです。
そのため、この勝訴判決は、主要な新聞などで広く報道されました(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、北海道新聞)。
4 会社に対する損害賠償請求
労災が認定されたことを受けて、当方は、勤務先病院に対して、病院が安全配慮義務に違反したことを理由とする損害賠償請求を行いました。
しかし、勤務先病院は、安全配慮義務の違反があったことを認めず、弁護士を立てた上で、病院の責任を全面的に否定しました。
このため、和解交渉は決裂し、当方は勤務先病院に対して、約9100万円の損害賠償金の支払いを求める裁判を起こしました。
勤務先病院への損害賠償の請求が認められるためには、病院に何らかの安全配慮義務違反(落ち度)のあることが必要です。
勤務先病院は、裁判の中で、病院に安全配慮義務の違反があったことを徹底的に否定してきました。病院には、ご本人が自死した原因は、ご本人が患っていた吃音症にあり、病院に責任はないとの意識が強くあったのだと思われます。
これに対して、当方は、労災の裁判と同様、本件の1000枚を超える関係資料を分析した上で、ご本人の自死の一因となった試用期間の延長が、理由のない不当なものであったことを主張しました。このような延長は、ご本人の業務への習熟状況に照らして必要性が認められず、就業規則からも許されない措置であったと考えられたからです。
そして、勤務先病院には、そのような不当な延長を行っておきながら、ご本人が示していた自死への危険信号を見逃し、適切な対応を怠ったという点において、安全配慮義務の違反が認められることを詳細に主張しました。
これらの弁護活動の結果、裁判所の仲立ちのもとで、ご遺族が、労災保険からの給付金とは別に、勤務先病院から賠償金の支払いを受けることによる和解を成立させることができました。
5 ご依頼の結果
裁判によって逆転での労災認定を獲得するとともに、労災保険からの給付金とは別に、勤務先病院から賠償金の支払いを受けることができました(和解時の病院との取り決めにより、金額の公表は控えさせていただきます)。
ご遺族からは、労災の認定に加えて、和解の成立についても、大変な感謝をいただきました(非常に面映ゆいのですが、私(弁護士)がスーパーマンであるとのお言葉までいただきました)。
大変難しい事件であり、ご遺族のご心痛も極めて大きなものでしたが、ご依頼をいただいた弁護士としての職責を、何とか果たすことができたと感じています。
当事務所は、事件の大量処理を行うのではなく、一つ一つのご依頼に全力を挙げて取り組んでいます。
お悩みの方や、弁護士に訊いてみたいことがあるという方は、ぜひ一度、当事務所にご相談なさってみてください。
