1 正当な補償を受け取るために
ご家族が、業務を原因として自死(自殺)したのではないかと疑われる場合、ご自身や残されたご家族の生活を守るためにも、適切な補償を受け取ることが必要不可欠であるはずです。
このような場合に、正当な補償を受けるためには、大きく、
- 労災の請求(申請)
- 会社に対する損害賠償請求
の2つの方法が考えられます。
このページでは、ご家族が業務を原因として自死したのではないかと疑われる場合の、それぞれの方法の内容について、詳しくご説明していきます。
2 労災の請求(申請)
ご家族が、業務を原因として自死(自殺)したのではないかと疑われる場合、ご遺族のお立場としては、労働基準監督署に対して、労災保険の「遺族補償給付」の請求(申請)を行うことが考えられます。
請求先は、亡くなられたご家族の勤務先(事業場)を管轄する労働基準監督署長です。
自死事件の労災認定については、厚生労働省が、認定基準を定めています(「心理的負荷による精神障害の認定基準」。以下では、「認定基準」と表記します)。
認定基準の定める、自死が労災と認定されるための要件は、
(1)対象疾病を発病していること
(2)発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
(3)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により発病したとは認められないこと
の3つです。
以下では、この3つの要件について、詳しく解説していきます。
(1)要件1:対象疾病を発病していること
自死が労災と認定されるためには、自死した労働者が、認定基準の定める対象疾病を発病していたと認められることが必要です。
対象疾病の代表的なものは、うつ病、適応障害、急性ストレス反応などです。
自死した労働者が、生前に精神科や心療内科などへ通院していた場合は、対象疾病を発病していたかを確認することは容易です。
また、自死した労働者に、そのような通院歴がない場合であっても、労災認定の実務では、関係者(同僚、上司、家族など)からの聴取内容等を医学的に検討した上で、対象疾病を発病していたと認められることが多くあります。
ですので、労働者に通院歴がないというだけで、労災の請求をあきらめてしまうことは、あまりにも早計であると言えます。
(2)要件2:発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
自死が労災と認定されるためには、自死した労働者に、認定基準で「強」と評価されるだけの、強い心理的負荷が認められることが必要です。
労災の認定を巡っては、この要件2が問題になることが最も多く、要件の内容も複雑です。
業務によって「強」の心理的負荷が認められるのは、以下のような場合です。
ア 長時間労働による心理的負荷
(ア)長時間労働のみで「強」の心理的負荷が認められる場合
長時間労働のみで、要件2を満たす強い心理的負荷があったと認められるのは、次のような場合です。
- 発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った場合
- 発病直前の連続した2か月間に、1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要する場合
- 発病直前の連続した3か月間に、1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要する場合
(イ)長時間労働と他の「出来事」との総合評価
長時間労働の他にも、発病の原因となる「出来事」(=パワハラ、退職強要、困難な要求、困難なノルマなど、認定基準の定める心理的負荷を生じさせる出来事)がある場合であって、
- 心理的負荷が「中」程度の出来事の後に、月おおむね100時間の時間外労働が認められる場合
- 心理的負荷が「中」程度の出来事の前に、月おおむね100時間の時間外労働が認められ、出来事後すぐに(おおむね10日以内に)発病に至っている場合、又は事後対応に多大な労力を費やしその後発病した場合
- 心理的負荷が「弱」程度の出来事の前後に、それぞれ月おおむね100時間の時間外労働が認められる場合
にも、「強」の心理的負荷が認められ、要件2を満たします。
イ 長時間労働以外の「出来事」による心理的負荷
→ 長時間労働がなくても、発病の原因となる「出来事」(=パワハラ、退職強要、困難な要求、困難なノルマなど、認定基準が定めている出来事)があり、その「出来事」による心理的負荷が「強」であると評価できる場合は、要件2を満たします。
→ 認定基準には、生死に関わる怪我や強姦被害等の「特別な出来事」の他、合計29個の「出来事」が定められています。
認定基準が定める各「出来事」には、心理的負荷が「弱」・「中」・「強」となる「具体例」がそれぞれ定められており、この「具体例」に照らして、心理的負荷の強弱についての評価が行われます。
→ 自死した労働者の状況が、認定基準の定める「強」の「具体例」に合致すると認められれば、業務による心理的負荷が「強」であると評価され、要件2を満たします。
また、認定基準の定める「中」の「具体例」に合致する「出来事」が複数生じていれば、総合的な心理的負荷が「強」とされ、要件2を満たす場合があります。
→ 認定基準が定める「出来事」や「具体例」は、極めて多岐にわたります。
以下では、あくまで一部ではありますが、認定基準の定める代表的な「出来事」のうち、主な「強」となる「具体例」をご紹介します。
(ア)パワーハラスメント
主な「強」の具体例
- 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃を執拗に受けた
- 必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃を執拗に受けた
(イ)退職強要
主な「強」の具体例
- 退職の意思がないことを表明しているにもかかわらず、長時間にわたり又は威圧的な方法等により、執拗に退職を求められた
(ウ)困難な要求等
主な「強」の具体例
- 顧客や取引先から重大な指摘・要求(大口の顧客等の喪失を招きかねないもの、会社の信用を著しく傷つけるもの等)を受け、その解消のために他部門や別の取引先と困難な調整に当たった
(エ)困難なノルマ
主な「強」の具体例
- 客観的に相当な努力があっても達成困難なノルマが課され、これが達成できない場合には著しい不利益を被ることが明らかで、その達成のため多大な労力を費やした
→ 自死した労働者の状況が、これらをはじめとする「強」の具体例のいずれかに合致すると認められれば、要件2を満たします。
(3)要件3:業務以外の心理的負荷及び個体側要因により発病したとは認められないこと
自死が労災と認定されるためには、自死した労働者の対象疾病(うつ病など)が、業務以外の心理的負荷や、個体側要因により発病したとは認められないことが必要です。
「業務以外の心理的負荷」とは、離婚、家族の死亡や重い病気・ケガ、多額の財産の損失など、業務とは関係のない出来事による心理的負荷を指します。
「個体側要因」には、既往の精神障害や、重度のアルコール依存状況がある場合などが挙げられます。
「業務以外の心理的負荷」も「個体側要因」もなければ、要件3を満たします。
また、仮にこれらの事情が見受けられる場合であっても、認定基準上、それが発病の原因であるかの判断は慎重に検討することとされていますので、このことだけで労災の請求をあきらめてしまうことは、あまりにも早計です。
(4)労災の請求をご検討されている皆さまへ
以上の要件1~3を満たす自死は、労災と認定されます。
もっとも、厚生労働省の定める認定基準は内容が複雑ですので、お悩みの方や、弁護士に訊いてみたいことがあるという方は、ぜひ一度、当事務所にご相談なさってみてください。
なお、注意しなければならないのは、労災の「遺族補償給付」の請求は、ご家族の死亡日の翌日から5年を経過すると、請求権が時効によって消滅してしまうということです。
また、ご葬儀を執り行ったご遺族に認められる、労災の「葬祭料」の請求に至っては、ご家族の死亡日の翌日から僅か2年を経過することによって、請求権が時効によって消滅してしまいます。
さらに、会社に対する損害賠償請求は、労災の認定を受けた後に行うことが多いのですが、会社への損害賠償請求権にも消滅時効があります(※令和2年4月に施行された民法の改正により、改正前と後とのいずれの条文が適用される事案であるかによって、時効消滅までの期間が異なります。詳しくは弁護士までご相談ください)。
残されたご遺族は、大切なご家族を失うこととなり、何も考えられないご心境かもしれません。
しかし、大変心苦しいのですが、労災の請求は、請求権(労災請求や損害賠償請求)の時効消滅を防ぐために、お早めに行動を起こす必要があります。
それだけではなく、重要な証拠の廃棄・散逸や、関係者の記憶減退などを防ぐためにも、できる限り早期に請求を行うことが望ましいことを助言させていただきます。
3 会社に対する損害賠償請求
(1)労災保険からは、被害全額の補償は受けられない
無事に労災が認められた場合でも、重要であるのは、労災保険からは、被害の全額についての補償を受け取ることはできない、ということです。
特に、ご遺族の精神的苦痛に対する慰謝料は、全く支給されません。
大切なご家族を亡くされたご遺族に、極めて大きな精神的苦痛が発生することは当然です。にもかかわらず、労災保険からは、その精神的苦痛の賠償(慰謝料)を、全く受け取ることができないのです。
しかし、ご家族を亡くされたご遺族(相続人)に認められる損害賠償金の総額は、その中の慰謝料の金額だけでも、あくまで目安ではありますが、2000万円~2800万円が一つの相場とされています。
(2)会社の損害賠償責任
労災保険から支給を受けられない損害(=慰謝料、補償されない減収額、逸失利益等その他の不足額)については、会社に対して補償を求めることが考えられます。
というのも、会社は、労働者に対して「安全配慮義務」(=業務の遂行に伴う心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務)を負っています。
このことから、会社が安全配慮義務に違反したためにご家族を失ってしまったご遺族(相続人)は、会社に対して損害の賠償を請求することができるのです。
そして、労働者に、労災と認定される水準の長時間労働やパワーハラスメント等が認められる場合、会社には、何らかの安全配慮義務の違反が認められることが多いと言えます。
なお、上述のとおり、会社に対する損害賠償請求権は、請求をしないまま時間が経過しますと、時効によって消滅してしまいますので注意が必要です(※令和2年4月に施行された民法の改正により、改正前と後とのいずれの条文が適用される事案であるかによって、時効消滅までの期間が異なります。詳しくは弁護士までご相談ください)。
(3)損害賠償を請求できるご遺族(相続人)は
損害賠償を請求できるご遺族(相続人)は、被災労働者に配偶者がいる場合は、①配偶者+被災労働者の子(子が既に亡くなっている場合は孫)です。
子ども等の下の世代がいない場合は、②配偶者+被災労働者の親(両親ともいない場合は祖父母)です。
上の世代も誰もいない場合は、③配偶者+被災労働者の兄弟姉妹(兄弟姉妹が既に亡くなっている場合は甥や姪)が相続人となります。
被災労働者に配偶者がいない場合、損害賠償を請求できるご遺族(相続人)は、①被災労働者の子(子が既に亡くなっている場合は孫)です。
子ども等の下の世代がいない場合は、②被災労働者の親(両親ともいない場合は祖父母)です。
上の世代も誰もいない場合は、③被災労働者の兄弟姉妹(兄弟姉妹が既に亡くなっている場合は甥や姪)が相続人となります。
(4)ご相談をご検討されている皆さまへ
以上のことから、ご家族を亡くされたご遺族(相続人)は、安全配慮義務の違反がある会社に対して、損害賠償請求を行うことができます(会社への請求は、申し入れによる話し合いから始めることが通常です)。
当事務所は、ご遺族の皆さまが、正当な補償を受けられるよう全力を尽くします。
お悩みの方や、弁護士に訊いてみたいことがあるという方は、ぜひ一度、当事務所にご相談なさってみてください。