1 転倒事故(転倒災害)で正当な補償を受け取るために
転倒による労災事故(転倒災害)によって、
- 働くことができなくなってしまった場合
- 身体に後遺障害(後遺症)が残ってしまった場合
- 大切なご家族を亡くされてしまった場合
等には、ご自身やご家族の生活を守るためにも、適切な補償を受け取ることが必要不可欠であるはずです。
このような場合に、正当な補償を受けるためには、大きく、
- 労災の請求(申請)
- 会社に対する損害賠償請求
の2つの方法が考えられます。
このページでは、転倒事故に遭ってしまった場合の、それぞれの方法の内容について、詳しくご説明していきます。
2 労災の請求(申請)
(1)転倒事故(転倒災害)とは
転倒による労災事故(転倒災害)は、労災事故の中でも発生件数が多く、かつ増加傾向にある労働災害です。
転倒で労災と聞くと大げさに感じる方もおられるかもしれませんが、そのようなことは全くありません。
転倒の仕方や打ち所によって、大きな怪我や障害に繋がりかねない、深刻な労働災害であると言えます。
職場における転倒事故は、大きく「滑り」、「つまずき」、「踏み外し」の3種類に分類できます。
「滑り」とは、床が滑りやすい素材であったことや、床に水や油が飛散していたこと、ビニールや紙等の滑りやすい異物が床に落ちていたこと等を原因とする転倒事故です。
「つまずき」とは、床の凹凸や段差のあったこと、床に商品や荷物が放置されていたこと等を原因とする転倒事故です。
「踏み外し」とは、大きな荷物を抱える等、足下が見えない状態で作業を行っていたこと等を原因とする転倒事故です。
(2)転倒事故の労災請求(労災申請)
仕事によって転倒事故に遭われた労働者の方々は、以下のとおり、労災の請求(申請)を行うことができます。
ア 療養(補償)給付
医療費について、「療養(補償)給付」を請求することにより、労災保険指定医療機関で無料での治療を受けることができます。また、それ以外の医療機関で治療を受けた場合でも、かかった医療費の支給を受けられます。
イ 休業(補償)給付
休職したことによる減収について、「休業(補償)給付」を請求することにより、休業1日当たりの日給の80%の支給を受けることができます(ただし、残りの20%やボーナス分の支給を受けることはできません)。
ウ 障害(補償)給付
治療終了後に後遺障害(後遺症)が残ってしまった場合には、「障害(補償)給付」を請求することにより、労働基準監督署が認定した後遺障害等級の重さに応じて、年金や一時金の支給を受けることができます。
エ 遺族(補償)給付/葬祭料(葬祭給付)
労働者ご本人が亡くなってしまった場合、ご遺族は、「遺族(補償)給付」を請求することにより、労働者とご遺族との関係や生活状況などに応じて、年金や一時金の支給を受けることができます。ご葬儀を執り行ったご遺族は、「葬祭料(葬祭給付)」を請求することもできます。
ア~エの請求先となるのは、いずれも労働者の勤務先(事業場)を管轄する労働基準監督署長です。
ただし、労災保険指定医療機関で治療を受けている場合の「療養(補償)給付」については、治療を受けている病院に労災請求用紙を提出します。
労災の請求について、より詳しくお知りになりたい方は、別ページの「労働災害とは?基礎知識と請求(申請)手続きの流れ」をご覧ください。
また、労災の請求についてお悩みの方や、弁護士に訊いてみたいことがあるという方は、ぜひ一度、当事務所にご相談なさってみてください(相談料は無料です)。
3 会社に対する損害賠償請求
無事に労災が認められた場合でも、労災保険からは、被害の全額についての補償を受け取ることはできません。
例えば、労災保険からは、休職したことによる減収について、全額の補償を受けることはできません。そして何よりも、労災保険の最も大きな不足は、慰謝料が全く支給されないことです。
このため、労災保険から支給を受けられない損害(=慰謝料、補償されない減収額、逸失利益等その他の不足額)については、会社に対して損害賠償の請求を行うことが考えられます。
というのも、会社は、労働者に対して「安全配慮義務」(=労働者がその生命・身体等の安全を確保しつつ働くことができるよう必要な配慮をすべき義務)を負っています。
このことから、会社が安全配慮義務に違反したために転倒事故に遭ってしまった労働者やそのご遺族(相続人)は、会社に対して損害の賠償を請求することができるのです。
会社の安全配慮義務の違反は、①業務に対する安全対策の不備、②設備や備品に対する安全防止装置の不存在、③従業員に対する指導や教育の不徹底、④安全な作業計画や作業手順の不制定など、様々な場合に認められています。
(1)自分にも過失(落ち度)があった場合は
労災事故の発生について、ご自分にも過失(落ち度)があると考えられる場合や、会社からそのように言われている場合などには、会社への損害賠償の請求をあきらめたり、ためらわれる方もいらっしゃいます。
しかし、会社に安全配慮義務の違反があれば、労働者に何らかの過失(落ち度)がある場合でも、賠償金が一定割合の減額を受けるだけで、会社に対して損害賠償を請求することができます。
この場合に賠償金が減額される割合は、労働者の過失の程度に応じて決まります(このような減額のことを、過失相殺と言います)。
特に転倒事故においては、被害に遭われた方々が、自分の不注意が原因なので仕方がないと考えがちです。しかし、転倒事故は、必ずしも被害者の責任のみによって発生するとは限りません。
例えば、職場の床が非常に滑りやすい状態にあったのであれば、会社の側においても、原因物を生じさせないための清掃に努めたり、危険を除去できない場合には滑りにくい安全靴を提供すること等によって、事故の発生を防止できた可能性があります。
また、つまずきや踏み外しによる転倒に対しても、会社の側において、床上の整理・整頓に気を配る他、視認性が悪く危険な段差には、警戒用テープを貼る等の対策をとることによって、労働者の安全を確保できる場合もあります。
よって、転倒事故のいずれのケースにおいても、会社が安全配慮義務に違反したと疑われる場合には、会社に対して損害賠償請求を行うことが考えられます。
(2)他の労働者の過失(落ち度)が原因であった場合は
他の労働者の過失(落ち度)によって発生してしまった転倒事故についても、その労働者を雇用している会社に対して、損害賠償を請求することができます(この場合に会社が負う責任を、使用者責任と言います)。
このことは、報償責任という考え方に基づきます。すなわち、会社は、労働者を雇用して、会社のために働いてもらうことによって利益を得ています。このため、雇用している労働者が原因となって、逆に損害が生じてしまった場合にも、利益を取得していることと同様に、損害について負担するべきであるというのが報償責任の考え方です。
他の労働者の過失による労災事故の場合、ミスをした労働者個人に損害賠償を請求しても、高額な賠償金を支払える資力がないことが通常です。このことから、実務では、会社に対して損害賠償を請求することが多いと言えます。
(3)転倒事故の裁判例
転倒による労災事故(転倒災害)は、日本各地で発生しています。
ここでは、会社から被害者に対し、どのような事故に、どれだけの賠償金が認められているのかについて、裁判例をご紹介します。
裁判例:名古屋地方裁判所 令和3年2月26日判決
被害者
郵便局で配達の業務に従事していた再雇用社員
事故の態様
被害者が、郵便局駐車場内の発着場において、運送用トラックの荷卸し・積荷に用いる昇降機付近を通行しようとした際に、昇降機が上昇したため転倒した。
これにより、被害者は、中心性脊髄損傷による両下肢の軽度の麻痺の障害を負った(労災で後遺障害等級5級の認定を受けた事例。上記分類の「つまずき」に該当すると考えられる事案)。
結論
会社から被害者に対して、約750万円の慰謝料をはじめとする賠償金が認められた。
判決の要旨
- 会社は、トラック接車中に昇降機近くの発着口を利用することがないよう、職員が安全に通行できる通路を確保するか、昇降機付近を通過しようとする職員が、確実に本件昇降機が稼働することを認識できるようにする等、昇降機による事故を防ぐ義務を負う。
- 会社には、安全な通路を確保しておらず、また、本件昇降機の稼働を知らせる措置を取っていなかった点において安全配慮義務違反が認められ、これは、会社の不法行為となる。
(4)転倒事故のご相談をご検討されている皆さまへ
このように、転倒による労災事故に遭われてしまった労働者やそのご遺族(相続人)は、安全配慮義務の違反がある会社に対して、損害賠償請求を行うことができます(会社への請求は、申し入れによる話し合いから始めることが通常です)。
当事務所は、労働災害の被害に遭われた皆さまが、正当な補償を受けられるよう全力を尽くします。
お悩みの方や、弁護士に訊いてみたいことがあるという方は、ぜひ一度、当事務所にご相談なさってみてください。